近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が一般的になり、さまざまな業界で耳にするようになりました。医療業界においてもDX化を進めようとする動きが盛んになっており、政府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針2022)」では医療DXの推進が明記されました。
令和の医療は、DXによって変化を遂げようとしています。この記事では、医療DXが推進される背景や、DX化によって期待できるメリットについて解説します。これまでに取り組まれてきた事例もいくつかご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
医療DXとは?
医療業界におけるDXとは、一体どのようなものを指すのでしょうか。まずはその概要から見ていきましょう。
医療業界におけるDXとは
DXとは、ビッグデータやデジタル技術を活用して、業務プロセスやビジネスモデルの変革を行うことです。
経済産業省が公開した「DX推進ガイドライン」には、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
ただし「競争上の優位性」という点においては、医療業界では医療保険制度の中で公平性やフリーアクセスが求められるため、競争性や優位性よりも「いかに効率的・効果的に医療を提供するか」が重要になります。
つまり医療業界におけるDXとは、「電子カルテシステムやAI診断システムをはじめとしたデジタル技術を導入して、患者のニーズに沿った質の高い医療サービスを効率的・効果的に提供すること」だと言えるでしょう。
医療DXが推進される背景
では、なぜ今医療DXが注目されているのでしょうか。その背景には、現代の日本が抱える次のような課題がありました。
少子高齢化に伴う人材不足と社会保障費増大
少子高齢化が進み、65歳以上の高齢者数が増加し続けているのが日本の現状です。高齢者数が増えてくると、医療サービスの需要が増す一方で、医療従事者の人材不足も大きな問題になってきます。
2025年には、いわゆる団塊の世代が後期高齢者(75歳)に達し、超高齢化社会に突入します。今まで以上に医療ニーズが高まり、人材不足が深刻化すると考えられますので、早急に手を打たなければ医療崩壊にもつながりかねません。
また、医療費・介護費の増大も問題視されています。医療DXを推進して効率化を図り、コスト削減に取り組むことは、社会保障費負担の抑制のためにも必須だと言えるでしょう。
医療データの活用・連携不足
電子カルテの導入は一般的になってきましたが、紙カルテによる患者情報の管理や、レントゲンのフィルム保存などを行う医療機関も多いのが現状です。
アナログ的な管理方法は、データの収集や他の医療機関との連携がしづらく、コロナ禍において医療現場の混乱を招く一因にもなっていました。DXによって医療データの連携や利活用がスムーズになれば、医療研究にも大きく役立つと考えられます。
自民党が提言する「医療DX令和ビジョン2030」
こうした医療業界を取り巻く背景を踏まえ、自民党は2022年5月に「医療DX令和ビジョン2030」を提言しました。これは医療業界の情報の在り方を根本から解決し、DXを推進するための提言です。
「医療DX令和ビジョン2030」では、先述した課題を解決するために、次の3つの取り組みを同時並行で進めていくことが重要とされています。
「全国医療情報プラットフォーム」の創設
「全国医療情報プラットフォーム」とは、簡潔に言うと「医療全般の情報を共有・交換できるプラットフォーム」です。
これまでは医療機関・自治体・医療保険者が個別に管理してきたレセプトや電子カルテ、予防接種や特定健診などの情報を、ネットワークを通じて閲覧共有できるようにするシステムを作る、というのが1つめの取り組みです。
このシステムが創設されると、紙の紹介状が無くても患者の情報を確認でき、迅速かつ的確に病状の把握が可能になります。患者自身もマイナポータルから自分の医療情報を閲覧できたり、マイナンバーカードによる同意書や承諾書への電子署名が可能になったりと、医療サービスの利便性向上も期待できるでしょう。
電子カルテ情報の標準化(全医療機関への普及)
電子カルテの導入は進んでいるものの、データ規格がメーカーごとに異なるため、相互のデータ流通ができないという問題がありました。今後は厚生労働省の主導で、医療情報交換の国際標準規格である「HL7FHIR」を活用し、標準コードや交換手順を定めて「電子カルテ情報の標準化」を進めていこう、というのが2つめの取り組みです。
まずは2022年3月から、診療情報提供書・退院時サマリー・健診結果報告書の3文書と、傷病名・アレルギー・感染症・薬剤禁忌・検査・処方の6情報を対象に標準規格が定められました。順次対象となる情報は拡大されていく予定です。
また、情報連携のための標準化を進めるとともに、標準化された電子カルテを全医療機関へ普及させることも必要です。「医療DX令和ビジョン2030」では、電子カルテ導入率を2026年までに80%、2030年までに100%にするという目標も掲げられています。
診療報酬改定DX
医療行為の対価として支払われる診療報酬は、2年ごとに改定が行われます。現状、電子カルテやレセコンメーカーは、改定の度に文書で発表された内容を読み解き、システムに反映させなければなりません。この複雑かつ膨大な作業は、事業者にとって大きな負担となっています。
「医療DX令和ビジョン2030」では、診療報酬改定に関わる作業のDX化を進めるとともに、各メーカーが共通で使える「共通算定モジュール」の導入が提言されています。モジュールの更新を行うことで、診療報酬の改定ができるようにするのが目的です。
こうした診療報酬や診療報酬改定に関わる作業をDX化しよう、というのが3つめの取り組みです。診療報酬や診療報酬改定に関わる作業がDX化すれば、大幅な業務効率化が可能になるでしょう。システムエンジニアの有効活用や費用削減にもつながり、医療機器やシステムの開発もより迅速に進みやすくなると考えられます。
医療DXのメリット
医療DXの推進は、医療従事者・患者の双方にメリットがあります。どのようなメリットがあるのかを見ていきましょう。
業務効率化
医療DXの最も大きなメリットとして挙げられるのが、業務の効率化です。カルテやレセプトの電子化・ペーパーレス化により検索性が上がったり、読み間違い・打ち間違いといったミスを減らすことができ、事務作業を効率化できるようになります。オンライン上で情報が共有されることで、スタッフ間の情報伝達もスムーズになるでしょう。
物資の在庫管理や診療報酬明細書の作成、経理といった診療以外の業務に関しても、ロボットなどを活用して自動化すれば、人的ミスの削減と業務効率化が期待できます。人材不足が問題となっている医療現場において、DXによる業務負担の軽減は、今後必須となってくるでしょう。
書類保管コストの削減
DXによってペーパーレス化が進むと、これまで紙媒体で保存・管理していたさまざまな書類も、電子データとして保存できるようになります。書類を保存しておくスペースに困ることがない上に、印刷・整理に割かれていた従業員の手間を減らせるため、利便性の向上とコスト削減に大きく貢献できる点だと言えるでしょう。
データ連携による利便性向上
多くの医療機関でDXが進むと、他の医療機関や薬局、介護施設などとの連携もスムーズになり、利便性が向上します。医療機関同士で患者の診療情報や健診情報などが共有できれば、「同じ病気で受診したが、A病院でもB病院でも同じ検査を受けた」といったことが無くなり、医療サービスの質向上も期待できます。
ただし、医療データは患者の個人情報です。セキュリティ面には十分注意した上で、DXを進めていかなければなりません。
オンライン診療が可能になる
ICY(情報通信技術)を活用すれば、オンライン診療も実現可能です。Web問診や電話による初診だけをオンラインで行うという方法もあります。非対面で患者への物理的な対応が減るため、今回のコロナ禍のようなパンデミックの際にも、感染リスクを抑えた診療ができるようになるでしょう。
また、医療機関が少ない・症状が重いなど患者の通院負担が大きい場合でも、医療サービスを受けやすくなるのは、患者にとって大きなメリットです。都市部の医療機関の診察を地方在住者が受ける、といったこともできるようになり、医療における地域格差の解消も期待できます。
待ち時間が削減できる
現状、「病院の待ち時間が長く、10分の診察に2時間待った」というケースも少なくありません。予約システムを導入すると待ち時間が短縮でき、院内感染を防ぐこともできるでしょう。受付業務の負担軽減にもつながります。
医療情報のデータ共有・連携は、患者の受診にかかる時間を短縮することにもつながります。例えば同じ病気で別の医療機関を受診した際に、過去に受けた検査の結果が共有されていれば、無駄な検査を受ける必要が無くなります。医療機関側の手間削減にもなり、患者のストレスも軽減できるでしょう。
病気の発症予測や新薬開発に役立つ
AIを活用して膨大な医療データを解析することで、病気の発症予測や早期発見・早期治療も期待できます。スマートフォンやウェアラブル端末を用いて、患者の身体の状態をモニタリングすることも可能です。
また、新薬の開発には医療データの分析による推察が必要です。蓄積されたビッグデータを活用し、新薬の候補となる成分をAIが自動で探し出すことで、開発のコスト削減とスピード向上につなげられます。
BCP強化
BCPとは「Business Continuity Plan:事業継続計画」の略称です。自然災害やシステム障害など有事の際においても、重要な業務のダメージを最小限に抑えて事業を継続できるような計画のことを指します。
医療DXを推進することは、このBCPの強化にもつながります。電子カルテやオンライン診療を導入していれば、有事の際にもバックアップデータやインターネットを活用して、比較的早く医療活動を再開することが可能になるでしょう。
医療業界におけるDXの取り組み事例
最後に、これまでに取り組みが行われてきた医療DXの事例をご紹介します。
遠隔集中治療患者管理プログラム「eICU」
「eICU」は、株式会社フィリップス・ジャパンと昭和大学病院が共同で研究開発を行った、遠隔集中治療患者管理プログラムです。2018年4月から運用が開始されました。
このプログラムは病院と支援センターをネットワークでつなぎ、専門医が遠隔地からICU患者の状態や生体情報をモニタリングして、現場をサポートする仕組みとなっています。多忙な集中治療の現場をサポートすることで、医療従事者の負担を軽減し、専門医不足などの地域格差を無くすことも可能になります。
さらには、400万症例以上のビッグデータを活用することで効果的な対処法を導き出すため、アメリカの研究では「ICU退室までの期間を20%短縮した」という結果も出ています。
以前から課題とされてきたICU(集中治療室)不足は、コロナ禍においてより浮き彫りとなりました。遠隔ICUシステムは、その課題を解決する手段の1つとして注目されています。DXの推進に伴って、今後さらに多くの医療機関で導入が進むでしょう。
参考:遠隔集中治療患者管理プログラム(eICU)構築・稼動についての発表|株式会社フィリップス・ジャパン
マイナンバーカードの保険証利用
2021年10月20日から、マイナンバーカードの健康保険証機能が本格スタートしました。これにより医療機関受付時の負担軽減や、検査・調剤が重複していないかどうかのチェック、過去の調剤履歴や受信歴等の確認などができるようになっています。
患者側としても、高額療養費制度を利用する際の「限度額適用認定証」が不要になったり、転職・移転等の際に保険証の切り替えが不要になったり、確定申告もスムーズになるなどのメリットがあります。また、マイナポータル上から過去の健診情報や処方薬などの診療情報を自分で確認することも可能です。
2024年秋には現行の健康保険証を廃止し、「マイナ保険証」に切り替える方針が示されています。日本の医療DXにおいて、マイナ保険証への切り替えは必然とも言えるでしょう。今後、マイナ保険証を活用したさらなる医療サービスの利便性向上に、期待が寄せられています。
AIを活用した新薬開発
医療用医薬品を開発・販売する中外製薬株式会社では、新薬開発にAI技術を活用して、創薬プロセスの時間やコスト削減を目指しています。
これまでの新薬開発では、研究員によってデータ解析を行い、知識と経験をもとに成分の組み合わせを試行錯誤していました。AIを活用するとデータ解析が効率化され、最適な組み合わせの候補を自動で生成することができるようになります。
AIの活用は研究員の負担軽減につながるだけでなく、高精度な予測が行えるため、新薬開発の成功確率も向上すると考えられています。
まとめ
医療DXは昨今の高齢化社会に伴う人材不足や、医療データの活用・連携不足への対策として、大きな意味を持っています。「骨太の方針2022」にも医療DXの推進が明記され、さまざまな取り組みが行われるようになってきました。
例えば、診察中の会話を文字起こししてデータ化するのも、医療DXの取り組みの1つです。AIGIJIROKUは、AIが99.8%の高精度で会話の内容をテキスト化する議事録ツールです。診察中の音声データなどを取り込んでテキスト化することもできますので、ぜひ利用を検討してみてください。
AI GIJIROKU ブログ編集部です。議事録や、会議、音声を中心に生産性を向上するためのブログを執筆しています。